劇場版SHIROBAKOの「色で勝負」の意味を考える

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劇場版SHIROBAKOにて、色指定・検査の新川さん & 動画検査の堂本さんコンビのこんな台詞がある。

「テレビは色補正が入っちゃうけど…」
「映画は色で勝負できるからね」

(うろ覚え)

これはおそらく色域と色深度のことを言っているのだと思われる。

色域とは使える色の範囲のことであり、どこまで強い赤・緑・青(光の三原色)を出すことができるか、その組み合わせでどれだけ豊かな色を出せるかである。

色域はこのようなグラフで表現される。このグラフにおいて、∩型の色がついた部分が人間の目が捉えることができるとされる色の範囲を表し、三角で囲まれた色の範囲が色域の規格を表す。ここでややこしいのが、色域が広くなっただけでは「今まで使えなかった範囲の色が使えるようになる」だけであり、「使える色数が増える」とはならないことだ。

デジタルテレビやデジタルシネマでは、色域内にある好きな色を自由に指定できるわけではない。なぜならアナログではなくデジタルで色を扱うからだ。デジタルで色を扱う以上、黒〜赤、黒〜緑、黒〜青それぞれを連続した(無段階の)グラデーションとして記録することはできず、何段階かに区切って記録する必要がある。

色が何段階で区切られているのかは色深度で表される。例えばRGB各色8bitだと28 = 256段階でRGB各色を表現する。この場合RGB合計24bitとなるので、合計224 = 1677万7216色を表現できる。RGB各色10bitだと210で各色1024段階、合計30bit = 230 = 10億7374万1824色表現できる。

「テレビは色補正が入っちゃうけど…」

ほとんどのテレビアニメは、デジタルハイビジョン放送、配信、DVD/BDなど、いずれも(基本的には)Rec.709という狭い色域にしか対応しない媒体でしか視聴者のもとに届かない。Rec.709はブラウン管時代に制定された古い規格なので、現在のディスプレイではこれを超える色を表現できるものがほとんどである。

新4K8K衛星放送でもアニメが放送されることもあり、これならRec.2020という、現行のほとんどの製品では100%カバーするのは不可能なぐらいのかなり広い色域が使えるが、ほとんどのアニメは新4K8K衛星放送用に特別色域が広いバージョンを放送しているというわけではなく、Rec.2020を使いはするがRec.709の範囲内しか使っていないものを放送しているだけであり、画質はあまりデジタルハイビジョン放送と変わらない。

2K/SDR/Rec.709/8bit制作の作品であっても、新4K8K衛星放送で放送するのはデジタルハイビジョン放送で放送するのに比べ、インターレースではなくプログレッシブ、1920 × 1080 → 1440 × 1080といった解像度の間引きがない、コーデックに対するビットレートが比較的マシになった(それでも十分とは言えないが…)、などというメリットはあるにはあるが、いずれも色とはあまり関係ない部分である。

BS日テレ4Kのみ色が違って見えるのはKH2750V-UHDのHDR時の特性である。詳細は別記事

だが、Rec.709のようなしょぼい色域のコンテンツであっても、普通にテレビを観たり、配信をスマホ等で観たりしている分には、色がしょぼいと感じることはほとんどないと思われる。これは、基本的にRec.709をRec.709のままで観ることはほとんどないからだ。

映像は例えばSDRだと基本的にはRec.709で作られるが、それがRec.709で制作されたものであるという情報を映像に持たせる手段はない(画像ならICCプロファイルがあるにはあるが)。そのため、コンテンツの色域のRGB各色100%は、パネルの色域のRGB各色100%にマッピングされる。

今のテレビやPC・スマホ等のパネルは基本的にRec.709よりも広い色域を持つ。パネルの色域が広い分、コンテンツの色域も拡張される。Xperiaのプロフェッショナルモードなど色域をRec.709やsRGB(Rec.709とほぼ同じ)に制限する表示モードを備えた機器も存在するが、デフォルトでこのようなモードがオンになっているものはほとんどない*。それどころか、上記に加え映像処理エンジンでコンテンツの色域を引き伸ばして表示するものも多い。

* 例外として、例えばかつて出荷時にsRGBがデフォルトになっているPixel 2 XLというスマホがあった。この機種は初期ファームではsRGBを10%引き上げるモードがあるにはあったのだが、パネルの持つ色域を使い切るようなモードは搭載されていなかった。そのため、この機種は普段からパネル本来の色域にまで引き上げられた色を見てきた人にとっては不評で、Twitter等では不満の声が見られた。Googleはこれに対応し、後のアップデートでパネルの色域を使い切るようなモードを追加した。この一連の騒動で、いかにRec.709/sRGBがしょぼいものであるかがわかる。

次は色深度に関して。テレビアニメを見ていて、以下の右の図のように、グラデーションの色が急に飛んで縞模様のようになっているのを見たことがないだろうか。

これは色深度が不足したときに起こるバンディングやトーンジャンプなどと呼ばれる現象である。デジタルハイビジョン放送、配信、DVD/BDでは通常8bitの色深度が使われており*、コンテンツによってはバンディングが起こることもある。これを解消するために、映像処理エンジンではバンディング除去の処理を施すことが多い。

* BDでも12bitの色深度で記録できるマスターグレードビデオコーディングという規格もあるにはあるが、これはパナソニックの独自規格であり、対応プレーヤーもパナソニック製品に限られている。

まとめると、「テレビは色補正が入る」とは、テレビではRec.709という古くて低スペックな色域に制限されてしまうこと、最近のパネルはRec.709より高色域なので色域の拡張が起こること、表示側で好画質化(必ずしも高画質化ではない)の処理が行われる、といったことなのだろうと推測できる。

他にも、SDR制作のコンテンツがSDRの想定(通常100nit)よりも高い輝度で表示される事が多いこと、ガンマ値や色温度がコンテンツ側と表示側とで異なる場合があることなど、色々考えられる。

色域の拡張や映像処理は必ずしも悪というわけではなく、どちらかというと好みの問題に近い。が、コンテンツ制作側の手が及ばないところで行われているものである以上、少なくとも製作者の意図したものとは多少なりともずれてしまうので、必ずしもその結果が良いものになるとは限らない(なので高画質化ではなく好画質化)。劇場版SHIROBAKOでは、そのあたりのことも含めて言っているのだろうと思われる。

「映画は色で勝負できるからね」

それに対し映画はどうか。映画だからと言って、アニメ映画では円盤化されたときや配信・放送されたときに、Rec.709よりも広い色域で提供されることはまずない(「君の名は。」や「天気の子」などあるにはある)。では何が違うのか。

それは映画館で上映されるバージョンである。映画館のデジタル上映では、旧作などを上映する際にはBD上映などもあるにはあるが、基本的にはDCP(Digital Cinema Package)という映像・音声・字幕等が入ったコンテナが用いられる。これはアナログ上映におけるフィルムに相当するものである。

DCPは通常HDDに保存された状態で納品される。最近は外付けHDDやUSBメモリで納品されることもあるようだ。以前SHIROBAKO公式が本編を納品する様子を実況していたが、これは前述のDCPが入った何かしらのストレージを輸送している、という意味である。

「公開に向けて準備を進めてくださっている」とあるが、これは具体的にはDCPのデータを映画館のサーバーにコピー(インジェスト)したり、中身をチェックして音量を決めたり、予告編やマナー映像などを組み合わせたプレイリストを作ったり、などと言った作業だ。


このDCPでは基本的にはP3という、Rec.709よりも広い色域が用いられる。例外として、Dolby Cinemaで用いられるDolby VisionではP3よりもさらに広いRec.2020を使用している。P3とはDCI-P3やDisplay P3でおなじみの色域である。DCI-P3やDisplay P3は色域にP3を利用する他、ガンマや白色点なども定義された規格なので、厳密に色域のみを指して呼ぶ場合は「P3」となる。

P3はRec.2020よりは狭いが、そもそもRec.2020が広すぎるだけで、P3でも十分な色表現を行うことができる。むしろP3の範囲外の色は自然界にはほとんど存在せず、あるとすればネオンサインなどのキツい色などだ。Rec.2020は広すぎてマスターモニターですらも完璧には表現できないような色も含まれるため、Rec.2020を使ったコンテンツではP3の範囲内で収めておく場合が多いとされる。

また、DCPでは12bitの色深度を扱うことが可能である。12bitなので各色(RGBではなくXYZだが)を212 = 4096段階で表現でき、合計236 = 687億色1947万6736色と、8bitの1677万7216色とは比べ物にならないぐらいの色数を扱うことができる。

つまり、DCPはテレビと違って色域や色深度が豊富なため、制作時に色をあまり我慢することなく使うことができる。更に、DCPは(基本的に)P3を使うというのは既知のことなので、シネマプロジェクターにP3以上の表現能力があったとしても、P3の範囲で色を出すだけでいい。ガンマは2.6、白色点D65という基準もある。更に、好画質化の処理もされない(と思われる)。これが、「映画は色で勝負できる」という意味なのだろう。


実際に劇場版SHIROBAKOを上映品質に定評のあるティ・ジョイ系映画館で合計5回鑑賞したが(梅田ブルク7 シアター②③⑤⑥、T・ジョイ京都 シアター⑩)、いい意味でなんとも言えない絶妙な色が使われているシーンが度々あった。例えばOPの夜空の色は、劇場で観ると絶妙な色使いに惚れ惚れとするが、YouTubeに上がっているバージョンではほとんど感動できない。

(気のせいかもしれないが、T・ジョイ京都⑩だけやや色温度が高く感じられた)


DCPは特にSDRコンテンツの場合、色域や色深度の面で基本的には放送・配信・円盤よりも優位だが、画質面で優位な点は他にもある。

DCPの映像はMPEG-4などの動画データで入っているわけではなく、JPEG2000という形式の静止画の連番で保存されている。そのため、映像圧縮でよく用いられるフレーム間の圧縮はない。また、放送・配信・円盤等では色差信号を間引く圧縮、クロマサブサンプリングが行われることが多いが、DCPではそんなことはしない(と思われる)。

DCPはJPEG2000で圧縮はしているが、上記のような仕様なため、ビットレートは250Mbpsと十分高く設定されており、実は映画館で見る映画は放送・配信・円盤なんかよりもずっと高画質なものであったりするのだ。先程BD上映もあると言ったが、これはDCPと比べると品質は当然下になる。

余談

たまに「SDRとHDRを見比べても違いがわかりにくい」といった感想を目にすることがある。SDRもまたRec.709同様ブラウン管時代の基準であり、100nit程度の輝度しか想定していない。また、SDRではUHDBDや新4K8K衛星放送といったBT.2020(色域:Rec.2020)を使える環境以外では、基本的にRec.709が使われることが多い。SDR/Rec.709では色も輝度も不足するのだが、それでも十分観られるのは、色も輝度も拡張された、本来の想定とはかけ離れた環境で表示されることが多いからだ。

それに対し、最近はかなり低価格なHDR対応テレビやモニター、スマホ等が手に入るようになってきた。エントリー機種だと300〜400nit程度しか出せないものもあり、これではHDR映像の美しさを十分堪能することは難しい。

SDRは輝度やダイナミックレンジが低輝度なHDR対応機に似たような表示に、色域もP3相当にまで拡張されること、及び幸か不幸か低輝度な機器でもHDR映像を観られるようになったことが、SDRとHDRであまり違いを感じない要因だと思われる。SDR/Rec.709を拡張せず本来の想定通りに観て、HDR/Rec.2020を全白1000nit、P3を100%出せるぐらいのディスプレイで観れば、それぞれの表現能力の違いを実感することだろう。

井戸水

ガジェット、オーディオ、映画館が好きな情報系の大学生。

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